聖陵学院とは

圧倒的な点数アップによる
確実な第一志望校合格

聖陵学院の原点

今日は、聖陵学院の原点についてお話ししようと思います。

私は東京の大学を卒業後、ある上場企業に入社し、営業部に勤務しました。営業部の仕事には宿直があり、社員1名が警備室に待機して夜間にかかってくる苦情の電話に対応します。新入社員も例外ではありません。しかし、新人である私にいきなりクレーム対応などできるはずはなく、とはいえ何らかの対応をしなければクレームはどんどん大きくなっていくばかりです。そんな状況を見かねて助けてくれたのが、警備隊長でした。警備室に何年もいるベテランですから、新人社員の私などよりはるかにクレーム対応にたけています。彼は、私に代わって電話で応対し、スムーズにクレーム処理をしてくれたのです。私は宿直のたびに助けてもらい、この警備隊長と親しくなっていきました。その彼がある時、私に頼みごとをしてきたのです。「中学生の息子の勉強をみてくれないか」と。

いつも世話になっている警備隊長の頼みですから、私は恩返しのつもりで、仕事が休みの日だけ彼の息子の家庭教師になることを快諾しました。とはいっても、月に3、4日取れるか取れないかの休みに勉強を見るくらいのものでしたが……。ともあれ、私は仕事のかたわら、中学1年生の子どもの家庭教師となりました。そして、中学2年の中頃、その子の両親は私に「息子を大垣北高に行かせたいんだが、何とかならないだろうか。」と相談されたのです。それは本人の希望でもありました。彼の成績は、定期テストも実力テストも平均点で、普通の学力のお子さんでした。その子を、大垣のトップ校に合格させる―――月に3、4回の家庭教師では絶対達成不可能な目標でした。

ちょうどその頃、入社して3年目の私は、営業部から人事部に異動しました。栄転だったと思います。しかし、私は出世とか権威とかにはあまり興味がないのです。派手なことも好きではありません。人事部に異動の前、ニューヨークとパリへの海外勤務の話もありましたが、断りました。

人事部に配属になると、当然人事異動が絡んできます。それまで私たちを怒鳴りつけていた先輩社員が肩をもんでくれたりしましたが、せちがらさを感じていやな気持ちになっただけでした。自分がしたいのは、人の上に立ち、人を肩書きや力で従わせることではない……、そんなことになんの意味があるのだろうか……。会社員として生きていった先に自分が望むものがあるのか……。私は、今の自分の生き方や将来について、いつしか多くの疑問を抱くようになっていました。自分の仕事に対する意味も見出せずにモチベ-ションも下がっていきました。

そんな時でしたから一層、「大垣北高に行きたい」という彼と彼の両親の望みに、強く引きつけられるものを感じたのかもしれません。純粋に自分の目標に向っていこうとしている子どもの支えになること、その子にとって人生最初の試練に力を貸すこと―――つまり、彼を北高合格へと導くことこそ、私にとってやりがいある仕事なのではないか。「子ども達の成功の手助けをする」これは十分意味のある、価値ある仕事なのではないか?誰かが自分の助けを必要としているならばそれに応えることこそ、人として正しい道なのではないか。

そういう考えに達した私は、会社を辞め、学習塾を開くことを決めました。とはいっても、私にも生活がありますから、会社を辞めることについては悩みに悩みました。塾の経営について全く無知な私がやっていけるのか、自信も保障もないのですから。

聖陵学院 代表取締役 学院長 矢嶋克也 聖陵学院 代表取締役 学院長 矢嶋克也

こうして、現在の高田校が開校になります。手作りのチラシなどで、20人ほどの生徒が集まりました。しかし、やはり生活は苦しく、初めの1年は毎月、6万円ほどの収入しかありませんでした。

家に帰るガソリン代がなく、校舎で寝泊りしたこともあります。塾生のお母さんたちが食事を作って持って来てくれたり、時には家まで食べさせてもらいに行ったり……。預かった子ども達を志望校に合格させること、その情熱だけで乗り越えた1年でした。

そうこうして、入学試験の日を迎え、合格発表の日を迎えます。

私は、今でも決してその時の光景を忘れません。携帯電話のなかったその頃、私は校舎の2階のベランダから外を見て、その子が合否の知らせを持ってくるのを待っていました。今か今かとやきもきしながら待っていると、私の目に自転車をこいでやって来る彼の姿が映りました。ニコニコと嬉しそうに、本当に嬉しそうに、元気に自転車をこいで走ってくるのです。合格したんだなということは、その姿を見ただけですぐにわかりました。その幸せそうな顔といったら、「合格」が走ってやって来る……まさにそんな感じなのですから。人というのはこんなに幸せそうな顔をするものなんだな、と思いました。幸せを満面にたたえたその顔を見たとき、「やってよかった」と率直にそう思いました。軽やかに階段を駆け上がる音が聞こえ、彼の顔が目の前に現れたときにはすでに、私もニコニコと幸せ顔をしていたことでしょう。そう、成功は人を幸せにするのです。

人生の最初の試練である高校入試、彼はその試練を乗り越え、見事に目標を達成しました。1年前までは平均点近辺の普通の学力だった子どもが、西濃地区トップの北高に合格したのです。彼は「不可能」と思っていたことを「可能」に変えたのです。不可能を可能にしたこの経験は、その後の彼の人生に立ちはだかる様々な試練に打ち克つ力、つまり、「生きる力」になっていくに違いない。私は強くそう感じました。

高校入試という人生最初の試練で成功を体験することは、その後の人生においてとても重要なことです。最初の成功は次に向う力となり、達成感は努力の大切さを教えます。このような成功体験の積み重ねが、試練にひるまない人間の強い「生きる力」になる。学習塾の役目は、子どもが入試という試練に打ち克って成功を手にする、その力添えをすることだと私は考えています。

「たとえ今の自分を取り巻く状況が悪くても、強く望んであきらめなければ未来は必ず変えられる!人はなりたい自分になれる!」塾とは、そういうことを学ぶ場です。そこに塾としての価値があるのです。これこそが、聖陵学院の原点であり、今も、そしてこれからも決して変わらない精神です。塾講師に必要なのは、子どもの成績を押し上げて確実に合格へと導く力と情熱です。

自分はやればできるのだという実感を得られたときの幸せそうな笑顔、勝利した子どもの幸せそうな笑顔を見ること、それが私達の仕事であり、子ども達の幸せのための力添えを惜しまないことこそが、私達、学習塾にとっての社会貢献だと信じています。